“ありがとう”を封印したら、むしろ心理的安全性がアップした話
心理的安全性がプロダクト開発者の常識になると共に、乱用される「ありがとう」「ごめん」の価値が皮肉にも下がっています。私自身、感謝や謝罪は重要だと思っていましたが、その使い方を間違えていました。そこで思い切って「ありがとう」「ごめん」を抑えてみると、より心理的安全性に貢献できました。様々な現場の役に立てばと思い、心理的安全性のための感謝や謝罪の使い所と、より優先すべき行動と、簡単な必殺技をシェア。
Introduction
前回は、心理的安全性を高める”実践編”を皆さんに手に入れていただくために、承認についての取り組みとその解説をご紹介しました。
前回↓
引き続き、心理的安全性のために私が行っていることの中から、今のところ大変成功している取り組みを紹介します。
すべてマネージャーでなくても個々人で出来る取り組みです。実践による改善は草の根活動ですから、一緒に開発現場をベターにしていきましょう。
言葉の重み
今回紹介する2つは、”言葉の重み”をコントロールすることがテーマです。
感謝を乱発しない。
前回、相手のアレコレについて自分は認識しましたよ と表明すること──いわゆる承認行動をとても多くしようと努めていることを紹介しました。
一方で、承認とよく混同される行動である「感謝」と「謝罪」に関しては、その回数を抑えるように努めています。
その理由は、個人的な経験則として「ありがとう」と「ごめん」には看過しがたい弱点があるからです。
ありがとう, ごめんの弱点
感謝や謝罪は一見心理的安全性に効果がありそうですが、その実ほとんど無関係で、場合によってはむしろ心理的安全性の足枷になります。
例えば、いつも何かにつけて「ありがとう」を言っていたらどうでしょう?
きっとこう捉えられるでしょう。
「あの人は社交辞令が得意だ」
「ありがとうの一言で済ませる奴だ」
当然個人差はありますが、大なり小なりこのように捉えられます。特に何度も言っていると。あるいはそう捉える人が存在する と言った方がいいでしょうか。
ひねくれた感想に見えますが、これは私自身が聞いたことも言ったこともある感想です。現実として存在するのです。
あるいは、いつも「ごめん」を言っていたらどうでしょう。
きっとこう捉えられるでしょう。
「あの人は、多少ミスや無理なお願いをしても謝れば済むと思ってるに違いない。悪い人じゃないが迷惑な人だ」
言葉の重みと効果
これらの事象は、自分の言葉が重みを失っている状態です。
「まずはありがとうから入ろう」「とりあえず謝ろう」と雑に感謝や謝罪を扱い続ければ、それらの言葉の重みは消え失せます。
また、感謝や謝罪は人間として一般には大事ですが、プロダクト開発現場において言葉だけの「ありがとう」「ごめん」にさほど多くのプラスはありません1。言葉の重みを失わないほど有効なシーンは限られています。
そのため感謝と謝罪は本当に有効なシーンのためにとっておき、それ以外の日常では承認に集中します。
こうして自分の言葉の重みを自分でコントロールすることは自分の周囲の心理的安全性に良い影響を与えてくれます。
特に注意しているのは、良い仕事や良いアウトプットした人への称賛を「ありがとう」という言葉で表さないようにすることです。
お礼ではない称賛を感謝で表現するのは間違いです。
なぜなら、次のような感情を呼び込むからです。
「あなたのために仕事をしてるわけじゃない」
“ありがとう”には、労に報いるニュアンスや互酬性のニュアンス、あるいは恩義のニュアンスがあります。だから、称賛すべきところで感謝すると相手の仕事やアウトプットを矮小化・横取りするようなニュアンスが生まれてしまいます。
これはとても失礼で、心理的安全性に重要な謙虚さと信頼2を損ないます。
感謝や謝罪のしどころ
感謝や謝罪を普段抑える代わりに、有効なシーンの見極めも意識して行っています。特に謝罪は重要な使い所があります。
そのシーンの1つがフォローです。
言ってしまったなら、ちゃんとフォローする
普段は気をつけていても、刺々しい言葉や態度を口や顔に出してしまったり、心理的安全性に配慮したとは言えない言動を取ってしまうことがあります。人間ですから。
こういった小さなコトはチリツモです。放っておくと思いもよらない関係悪化や致命的な信用の低下を招きます。
それを防ぐために、放置せず、冷静になった時点でフォローします。
こうしたチリツモの解消は”いいね”, “なるほど” といったニュアンスでしかない承認行動では達成できませんから、謝罪を使ってフォローします。
フォローは、関係を保全する必殺技です。乱発するものではありませんが、要所要所で必要なのです。
「言い訳しなくて良い」は結果。
心理的安全性について知識のある人なら、フォローなどしなくてもいい関係性3こそ望ましいと思われるかもしれません。
これはその通りで、言い訳めいたフォローの必要がない関係性というのは心理的安全性が素晴らしい状態と言えます。
しかし、それを理由にフォローしないのはお門違いです。
なぜなら、言い訳しなくて良い状態は心理的安全性が高い結果起こることであり、心理的安全性を高めてくれる要因ではないためです。
心理的安全性が既に文句なしに高い状態である環境を除いて、言い訳もフォローも謝罪も、努めて行うべきなのです。
フォローを推奨する
フォローは重要なコミュニケーションですが、自分だけがフォローをするよりも、メンバーの誰もがフォローを行う方が、当然望ましい状態です。
そこで応用として、自分の見つけたフォローすべきタイミングを然るべき他人に履行してもらうための工夫を行っています。
やることはシンプルで、2つのことを伝えるだけです。
ある事柄・対象についてフォローすべきこと
しかし自分がフォローするよりもあなたにフォローしてもらうのが筋が通る(≒効果がある)はずだということ
次回予告
さて、ここまでで少々長くなってしまいました。最後にもう1つあるのですが、それは次回ご紹介します。
次回は外部参照先についてです。また来週、よろしくお願いします。
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【言葉だけの「ありがとう」「ごめん」にそれほど多くのプラスはありません】
この点、Uniposなどのピアボーナスソリューションには感謝や謝罪、称賛に対し具体的なピアボーナスが付与されるので、こういったソリューションが導入されている環境では感謝や謝罪の効果が少し優秀だと思われます。
また、前時代的に思える”飲みニケーション”や上司が部下に奢る行為, お礼のプレゼントを贈る行為なども、この点に対するソリューションとして普遍的であり続けるのかもしれません。
【謙虚さと信頼】
Team Geekでは心理的安全性の重要な3大要素を提唱しており、その頭文字を取ってHRT原則と呼ばれます。その内の2つが謙虚(Humility)と信頼(Trust)です。ちなみにもう1つは尊敬(Respect)です。
【フォローなどしなくてもいい関係性】
フォローの重要性は、心理的安全性の議論の中でしばしば見落とされます。
本当に心理的安全性が高い環境ではフォローが必要ありませんから、そうなりたい, そうであってほしいと思ってしまい、フォローすることへのためらいが生まれます。
これは心理的安全性の落とし穴かもしれません。
いつの間にか信頼関係が不可逆なほど崩壊している多くのケースには、フォローされずに高く積もったチリツモがあります。細かな信頼の低下の積み重なりが深い溝になることはよくあることです。
そしてこの”よくあること”によって、プロジェクトの停止やチームの再編成をせざるを得なくなるリーダーやマネージャーを見たことが私自身、数度あります。
これは一時的な経済活動・生産活動の実質的停止ですから、コミュニケーション1つでこれを予防できるなら、それは馬鹿にできないコストパフォーマンスです。